きーぜるの雪だるまころころ。

AMZNとともに生きる

ブラック企業の思い出 4-4

そんなこんなで奇跡的にも内定を得て次の勤務先は確保できました。


たまたま同じタイミングで入った同じ班の仲の良い派遣社員の方といつ逃げようか相談してました。本当に辛いの分かってくれてましたからね。非常にありがたかったです。


あとは逃げるだけです。この頃は同じ班の中での直属の上司が変わり毎日辛くて辛くてたまりませんでした。この時点で中途採用の同期入社の半分くらいがいなくなっておりました。しかも大手取引先とのクレーム発生や新製品生産開始と物凄いストレスが溜まります。


そして慢性人員不足にもかかわらず、さらにキツくなる体制が発表されます。
ただこれは私にとっては朗報でした。これで年末まで頑張れば、一応今の班のメンバーには迷惑がかかりません。恨まれることはないはずです。この時期体調は最悪でしたが死ぬ思いで年末まで突っ走りました。


しかし辞めたいといえば殺されるのではないかという恐怖に打ち勝てず、年末付けでの退職届を年始一番初めの営業日に期日指定の簡易書留で郵送します。そして年内最終日には私物はすべて撤収し、ロッカーに作業着と安全靴を残し、ロッカーに鍵を差しっぱなしにして、逃げました。もはや思い残しはありません。


帰りのカーラジオからwe are youngが流れていたのを今でも覚えています。


結果的に2012年は3月に大学を卒業して2カ月営業やって1ヶ月の無職を経て、6か月ブラック企業で働いたことになります。とてもつらいことばかりでした。

相場的には最高の買い場でしたけど、とにかく余裕が全くありませんでした。生きるので精一杯でしたから仕方ありませんね。


おわり

お読み頂きありがとうございました。

ブラック企業の思い出 4-3

まあその時は変わったアニメだなと思ってたのです。

ただ、絶望しかない辛い仕事の合間にはとても癒されるものでした。もっとも録画して見る精神的余裕や時間的余裕は皆無でしたので三週間に1度だけでしたが。


その後、私ではありませんが足切断一歩手前や手が無くなってもおかしくないような労災が頻発し、ここにいては本当に殺されると思い、退職を決意します。


とはいえ、再び退職してからのハロワ通いは全力で回避したかったため、交代勤務の時間を全力でやりくりし営業系ではない求人を探して面接を受け今の会社の内定を得る事に成功します。あの時自分でもよく時間がやりくり出来たなぁと今でも思います。遅番前の午前中の面接とか夜勤明けの健康診断とか本当に必死だったんです…後で聞いたら最初の時点では応募300人、書類選考で80人、一次面接で40人、最終面接で20人だったそうです。

実際入ってみるとろくな会社じゃないんですけどね…

とにかくここを辞めたいというのが物凄い転職へのモチベーションの維持に繋がりました。最終面接では随分と熱意あるねぇと言われました。無職時代よりも熱意こもってたと自分でも思います。こんなところで死ぬ訳には絶対にいきませんでしたから。

つづく

ブラック企業の思い出 4-2

そんな状況の中で交代勤務のうち夜勤のみ1時間工場のラインをとめるため、そのときは何とか普段より休憩をとることができました。普段は休憩時間は20分とれればいいほうで、それ以外はずっと仕事してました。

基本的に自車に戻って仮眠する人がほとんどでしたが、ガソリンがもったいなかったため私は食堂で過ごしていました。

食堂にはテレビが一台置いてあって休憩中は一応ついていました。


大学卒業後苦難の連続でアニメは全く見ておりませんでしたが、その時偶然にもガルパンが放送していたんです。後から考えると初めて見たシーンは聖グロリアーナ戦でしたね。その時は可愛い女の子が戦車乗って戦ってる!なんだこのアニメ!?(驚愕)という感じでしたけどね。

つづく

ブラック企業の思い出 4-1

ガルパン放映時期というと、個人的にはブラック企業に勤めていた頃の思い出がよみがえります。

今回はその頃について書きますね。

私は2012年の7月よりメーカーの製造職として、再就職致しました。

新卒で入った営業から逃げて、もう自分にはこういう仕事は無理だという思いから、ブルーカラー系のお仕事で生き延びようという思いからでした。

この頃は本当に必死でこの状況を何とかしないとという焦燥感からどこかきまればすぐにでもという気持ちで、内定をもらい次第即刻入社します。

しかしこれがとんでもない会社でした。
会社の駐車場にDQN仕様の車が沢山停まっている時点で察するべきでした…

あまり思い出したくないので詳細は省きますが、怒鳴られるわ蹴られるわ金型は超危険だわ高所に上げさせられるわ換気もろくにして無いのに溶剤は使うわ本当にとんでもない環境でした。しかも生産スピードは限界まで詰められるという状況です。
特に金型関係の業務は非常に危険で、金型と金型の上下間に入って清掃しているときはまるで生きた心地がありませんでした。地震でも起きて金型落ちてきたら即死ですからね。金型運ぶのは人力なのですが、台車と壁に挟まれかけてしまったこともありました。


そんな労務環境なので日替わりで派遣社員は辞めていくような状況でそのカバーも社員がしなければいけないため長時間労働が当たり前でした。とにかく業務量がとんでもない量で処理しきれません。


その上交代勤務だった為自律神経が完全におかしくなります。さらに連日残業でめまいは慢性化し疲れが全くとれず、会社で働いてる以外はずっと寝てやっと睡眠を確保している状態でした。30分ほどの車通勤だったのですが、疲れすぎて帰りの車でなんど居眠りしたことかわかりません。また家に帰ってもそのまま車の中で眠ってしまったり、風呂の中で眠ってしまい溺れかけて起きるような有様でした。

しかし、通勤の為に車を買ってしまったので辞めるわけにもいかずひたすら栄養ドリンクで耐え忍んでいる状況でした。
この頃の不摂生から痛風も発症します。


つづく

携帯会社解約経験談

私は携帯主要3社は全て契約し、解約したことがあります。

そこで今回は各携帯会社を契約してみた個人的な感想を書きます。まあ設備投資等で今は変わってるのかもしれませんが....

ソフトバンク…電波はよくない。部屋の中でも途切れるときがある。あとは通話の音質は悪い。特にソフトバンク同士だと最悪何を言ってるのかさっぱり聞き取れない時があった。契約したときのソフトバンクショップの店員は接客はともかく契約プラン等の知識が無さ過ぎた。なんで客が店員より詳しいんだー!
意外にも解約の際はあっさりしていたのが驚きだった。もっとしつこいのかと思ってたからかも…

au…最近では無くなってきたのかもしれないが、iPhone5を契約していたときのパケ詰まりは本当にイライラした。普通に使っていてもブラウザが読み込まなくなるのが実に使いにくかった。体感ではソフトバンクのほうがマシなのではと思うレベル。通話の音質に関してはソフトバンクよりはよかったと思う。ただauは解約の際下らない質問ばっかりしてくるしすごくしつこくて不愉快この上なかった。こんな思いするなら契約はもうしたくないと思った。

ドコモ…電波は圧倒的に良いし、通話音声の質は1番良いと思う。ただやはり値段的には安くはない。乗り換え時のキャッシュバックはよかった。ショップ店員が1番訓練されてて解約でも不愉快な思いはしたことがない点はさすが。
殿様商売の割にはそれなりのクオリティのサービスを提供しているといったところか。

以上が主要3社経験した上での個人的な感想です。

いまは格安スマホなので上記との会社とは契約してません。

営業時代のお話

私は2012年の3月に大学を卒業しました。


一浪していたのと、何しろお金がなくて留年はとても出来ない状態のため、きっちり4年間で卒業しました。


大学入学の年にリーマンショック、そして震災の年に就職活動と散々な目にあい、就職活動は非常に厳しいものでした。


そんな中とある分野において、日本でトップシェアのメーカーにかろうじて内定を得ることが出来ました。会社名は出しませんが、ほば誰でも触ったことのある製品を作っている会社です。職種は営業職でした。


そして2012年の4月から働き始めます。入社式はグループ会社も一緒にやったのでかなりの大人数だったと思います。

最初の一ヶ月は研修等で難なく乗り切れましたが、配属先では毎週飲み会はあるわ上司や先輩とは合わないわで精神的におかしくなってきます。配属先の部署の空気に全くなじめませんでした。もともとコミュ障なのに酒も体質的に無理なので、営業にはまるで向いてませんでした。不眠になり鬱状態で、これ以上は無理と判断して2ヶ月程で辞めました。

なんか労働組合の入会金みたいなの払わされたのがもったいなかったなと思います。


最初に入った会社というのは強烈なものでいまだに最初の会社で働いてる夢を見ることがあり、その度に鬱になります。残りの人生ではその会社の製品は極力買わないつもりです。とはいえそこらじゅうにあるので完全に排除出来ないのが悲しい所ですが…


営業には完全に懲りました。二度とやるつもりはありません。

色んな会社を受けた上での感想

私は今までに2度転職をして結果的に今の職場が3度目になります。


前職2社は自分に合わず辞め、今の会社に入って辛うじて3年目になります。


もちろん新卒時代と中途採用時代に色々な会社を受けた訳ですが、やはりそれなりの数の会社を受けると見えてくる傾向はあります。それらについての個人的見解を述べていきたいと思います。


まず、面接や会社説明の場において、アットホームという単語が出てきたら、ほぼアウトだと思ってます。もちろんその社風に合う人もいるのでしょうが、反対にその会社の同調圧力に馴染めなかったりすると、本当に悲惨な目にあいます。そもそも誰にとってもアットホームな環境などある訳がありません。ということは多様性を認めない職場だといっているようなものですね。



次に、面接において当人だけでなく、家族のことや親の職業についてやたらときいてくるような会社もアウトです。働くのは親や兄弟ではなく当人なのになぜそんなことばかりきくのでしょうか?世の中には色々な事情がある為聞かれたくない人だっているでしょう。私の経験では、無駄にやたらと偉そうな中小のワンマン社長がそういったことばかり詮索するのが好きな傾向にあるように感じました。こういう会社も避けたほうがよいでしょう。



そして、会社内で働いている人がどんな顔をして働いているのかは非常に重要です。挨拶してもまともに返ってこなかったり、まだ入社してもいない相手に対して非常に感じ悪い対応をされたら、入社したらそれ以上に酷い扱いをされる可能性は極めて大きいでしょう。


とりあえず、個人的に思う三点をざっと挙げましたが、これらを見極めるだけでもこんな会社入らなければ良かったと後悔する事は減るのではないかなと思います。


ただ実際問題としては、新卒時はともかく、失業している時は精神的に参ってしまい、ブラック企業に入ってしまうことも多々あります。実際自分がそうでしたし、そこで本当に死にそうになったので、身の危険を感じたら逃げるべきです。


まず生き残れ。儲けるのはそれからだ。

とはジョージソロスの言葉ですね。

初めて買った個別株

  
以前の記事に書きましたが、学生時代に投信の積み立てをやめて以降、大学の単位がヤバくなったり、就職活動で鬱状態になったり、就職してからも会社にまったくなじめず、2カ月で逃げ出したり、ハロワで新たな就職先を見つけるもブラック企業だったりと、とても投資どころではなかったので、2011年〜2013年はほとんど投資しておりません。

貧乏人は何よりも人的資本から稼げないことにはお話になりませんからね。

二度目の転職後久しぶりに買ってみようと思い、唯一2013年の春頃、JNJを30万円分ぐらいSBI証券で買っただけです。これが初めて買った個別株ですね。その後引越し等でお金が必要になって売ってしまったのであまり利益は出ませんでした。

80ドルぐらいで買ったので、ずっとホールドしてればという思いはありますが仕方ありません。

当時は若くお金が必要でした(言い訳)

今までに最も影響を受けた本

  
私は今までにマネー系の本は大量に読みあさりましたが、読んだ本の中で最も影響を受けた本は、「となりの億万長者」です。

この本は大学の図書館で出会いました。物を持っているから金持ちなのではなく、金を持っているから金持ちなんだと思い知らされ、頭をがーんとやられたような衝撃がありましたね。

お金持ちはお金持ちだからこそ、お金では買えない物に価値を置くというのが意外でしたね。

私もそんな生き方が出来たらと思います。

人生とは選択の連続である

3196138e.jpg

私は2012年3月に大学卒業後、新卒で大手メーカー営業職(2カ月)→中堅メーカー製造職(6カ月)→倉庫管理(今現在)とこれまでに新卒で就職して以来2度転職しました。(その間に無職1ヶ月)

さすがにこれ以上の転職は良くないと思い、自分を追い込む為不退転の決意もあり、一人暮らしを始めました。

やはり生活がかかると、そう簡単に会社を辞められなくなるので、意識は変わりますね。

ようやく、生活がある程度安定してきたのが2014年中盤からといったところです。

それまでは黒歴史の連続…

その頃については気が向いたら書きます。
Amazonベーシック
Amazonオリジナルマグカップ
ブログ村
おすすめの本
ギャラリー
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 超高速取引に対抗する為には
  • 結婚出来ない人の共通点
  • 結婚出来ない人の共通点
カテゴリー
~ブログタイトルの由来~
このブログのタイトルは、バフェットのこの言葉から着想しました。

“Life is like a snowball.
The important thing is finding wet snow and a really long hill. ”

― Warren Buffett
記事検索